「家事事件手続法」という法律があります。その名の通り、家庭裁判所が、どのような仕事を、どのようにこなしていくかが書かれている法律です。成年後見制度は家事事件ですから、プロセスはこの法律に従うことになります。
家事事件手続法の119条を紹介します。タイトルは精神の状況に関する鑑定及び意見の聴取」、内容は「家庭裁判所は、成年被後見人となるべき者の精神の状況につき鑑定をしなければ、後見開始の審判をすることができない。」です。家庭裁判所は、誰かに後見人をつける場合、本人の精神鑑定をしなければならない、ということです。
後見にしなければならないほど悪いか、保佐程度かという基準が客観的でないことや、判断能力が不十分になった人の財産を巡る争いが後見の背景にあることもあり、「後見の鑑定には関わりたくない」という医師は少なくないようです。しかし、法律で鑑定が必須な以上、鑑定無しで後見の審判を出すこともできませんので、地元の医師会に「お願い」する家庭裁判所もあります。また、申し立て時に提出された診断書を書いた医師に家庭裁判所が鑑定を依頼することもありますし、診断書とは別の医師に鑑定を依頼する場合もあります。
本来ならば鑑定をしないと後見を始められないのに、市町村が後見を始めるよう家庭裁判所に申し立てをした案件において、鑑定が実施されることはほとんどありません。
第37回で「親族による申し立てが年々低下し、本人や市町村長申し立てが増えている」と言いましたが、市町村長申し立ての増加にともない鑑定実施率は年々減少し、現在は5〜6%となっています。
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最高裁判所家庭局資料より作成 |
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実施しなければいけない鑑定を行わないで仕事を進めている実態がありますが、それは、家事事件手続法119条の後半に、「ただし、明らかにその必要がないと認めるときは、この限りでない。」という“但し書き”があるからです。「これに該当すれば鑑定しなくても違法にならない」のです。ただ、「明らかにその必要がない場合」とは、本来、鑑定しても一切本人から反応を得られないほどに、交通事故などで脳を強く損傷したり、強度精神障害の場合であり、いわゆる認知症や知的障害は想定されていません。つまり、但し書きが不適切に適用されているのです。
鑑定費用は、医者の言い値で決まります。保険は効きません。一般的に、5万円〜10万円で鑑定前に予納します。「20万円を超える金額」が提示される場合もありますが、「高いので5万円から10万円でやってくれる鑑定医をお願いします」と言えば、他の鑑定医が派遣されて来ます。
鑑定といってもその内容は、刑事事件の責任能力を問う鑑定に比べると、厳密ではありません。枚数にして4枚程度、うち3枚程度がこれまでの人生や生活のことであり、後見の本丸である、銀行取引ができるか、老人ホームの契約や解約ができるか、遺産分割協議や不動産売買などができるかが専門的に鑑定されることはありません。内容的に診断書と同じである場合がほとんどです。現在実施されている鑑定にかわって、本人の能力を測定する手法の開発が早急に望まれます。
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