2015.02.03更新

近年、高齢者虐待が深刻な社会問題となっています。ニュースでも「施設の職員が高齢者に暴行」「介護疲れの子供が親に暴力」といった話題を目にするようになりました。虐待自体は昔からありましたが、プライベートな問題として処理されることが多く、あまり社会問題として扱われてきませんでした。

しかし平成に入って、虐待に関する調査や法整備が進む中で、少しずつ実態が明らかになってきました。特に平成18年に高齢者虐待防止法(※通称)が施行されて以降、多くの虐待が表面化するようになり、その問題点が認識されるようになりました。今回は、高齢者虐待の現状と、虐待が起こる背景について考察していきたいと思います。

※正式名称=高齢者の虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律

 

●高齢者虐待

高齢者虐待は主に、養介護施設従事者等による虐待と、養護者(世話をしている家族、親類、同居者等)による虐待に分けられます。厚労省の調査によると、虐待について相談・通報があった件数の大半は、養護者によるものでした。虐待の多くは、家庭内で起きているのです。これは複数のスタッフによって見守られる施設に比べ、外部と接触の少ない家庭のほうが、危険な状況に陥りやすいことを物語っています。

平成24年度に行政が虐待だと判断したケースは、養介護施設従事者によるものが155件(図1参照)、家族らによる虐待が1万5202件でした(図2参照)。家族らによる虐待は前年度に比べ7%減少していますが、施設従事者による虐待件数は過去最多を更新しています。


 


※厚生労働省 平成24年度高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する
支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果

 

 

●高齢者虐待の種類

虐待というと暴力的なものを想像しますが、必ずしも肉体への攻撃だけが虐待ではありません。高齢者を無視したり、放置したり、年金を黙って使うといった行為も虐待に含まれます。主な虐待は下記のように分類することができます。

「身体的虐待」
殴る、蹴る、つねる、熱湯をかける、髪を引っ張るといった直接的な暴力。本人の意に反して、手足を縛ったり、柵に閉じ込めたりといった身体的拘束も含まれます。「本人のためだから」といって徘徊癖のある高齢者を必要以上に拘束する行為も虐待にあたります。

「心理的虐待」
恫喝や侮辱など言葉による暴力。無視をしたり、嫌がらせを繰り返したりすることによって、精神的圧迫を与える虐待もこれに含まれます。

「性的虐待」
わいせつな行為を強制したり、性的な嫌がらせを行ったりするものです。

「経済的虐待」
高齢者の財産を勝手に処分したり、利用したりする行為。息子が親の年金を持ち出して、遊興費に使っていたという事例も多く報告されています。逆に本人が希望する金銭の使用を制限する虐待もあります。

「介護・世話の放棄・放任」
いわゆるネグレクト。世話をせず、高齢者の生活環境や体調を著しく悪化させます。具体的には必要な医療や食事を提供しない、介護サービスを受けるのを妨害するといった行為があてはまります。

 

 

平成24年度の厚労省の調査によると、家庭で虐待を受けた人(養護者による虐待)の内訳は、身体的虐待が65.0%と最大で、心理的虐待が40.4%、経済的虐待が23.5%、介護等放棄が23.4%となっています(図3参照)。

一方、養介護施設でも、身体的虐待が過半数を占めています。家庭での虐待との違いは、経済的虐待と介護放棄の割合が少なくなっていることです。複数のスタッフがいる施設では家庭内に比べ、介護放棄や資産の使い込みが起きにくいようです。逆に性的虐待の割合は施設のほうが多くなっています。

また、最近は自らを被虐待状態に追い込む「セルフ・ネグレクト」(自己放任)も問題となっています。すべてに対して無気力で、生命維持に必要な食事をとらず、医療を拒否し、ゴミ屋敷のような不衛生な環境で生活を続け、周囲から孤立するというものです。本人の意思で行っている場合もありますが、認知症により判断能力の低下をきたしたことが原因となっている場合もあります。


※厚生労働省 平成24年度高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する
法律に基づく対応状況等に関する調査結果

 

 

●虐待しているのは誰か

厚労省の調査によると、家庭における虐待では息子によるものが41.6%と最大で、夫18.3%と娘16.1%がそのあとに続きます。高齢者虐待というと、テレビドラマなどでよく目にする嫁による復讐劇を想像するかもしれませんが、実際には嫁(息子の配偶者)による虐待は、全体の5.9%に過ぎず、実の子供による虐待が過半数を占めています(図4参照)。

ではなぜ子供による高齢者虐待が増えているのでしょうか。
少子化が進展した今、少ない数の子供で多くの高齢者を介護するという状況が生まれています。たとえばひとりっ子同士が結婚した場合、夫婦2人で4人の高齢者の面倒を見ることとなります。必ずしも全員が要介護者になるわけではありませんが、子供の負担が大きいことは確かです。

家庭内の虐待の背景には、家族の介護疲れがあるのではないでしょうか。特に親が認知症になった場合、意思の疎通がとりにくくなるため、「言うことを聞いてくれない」という意識が強くなり、虐待の度合いが重くなるようです。

一方、介護施設では慢性的に人手不足が続いており、介護従事者の肉体的・精神的な負担が大きくなっています。家庭内の虐待同様にストレスフルな環境が引き金となって、そのはけ口が高齢者に向かっていると考えられます。また、過重な労働は、職員が研修や教育を受ける時間を奪うことになるため、虐待につながる知識不足や技術の低下を招く危険性をはらんでいます。

もちろん虐待にいたる動機や原因は複合的なものですから、ストレスを排除すればすべてが改善するわけではありません。しかし介護者の負担を軽減することが、虐待を減らす第一歩となることは確かです。

 


※厚生労働省 平成24年度高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する
支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果

 

 

●高齢者虐待防止法

最後に高齢者虐待防止法の制定に至った経緯と概要について触れておきたいと思います。日本では平成12年に介護保険制度と成年後見制度がスタートしました。制度の普及が進む中で、高齢者に対する身体的・心理的虐待、介護の放棄等といった事例が顕在化されるようになりました。従来は施設内や家庭内の問題とされていた高齢者虐待が、社会問題であると認識されるようになったのです。

こうした流れを受けて、平成17年に国会で「高齢者に対する虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」が議員立法によって成立、平成18年4月1日から施行されることになりました。 高齢者虐待防止法では、自治体に対して、相談窓口の設置や関係機関との連携などを義務づけています。また、虐待を発見した人に対して市町村への通報を義務づけています。(※虐待の内容については上記の「虐待の種類」を参照)。

みなさんも、身近に高齢者虐待につながるような事例を見聞した場合は、なるべく早く地域包括支援センターなどの福祉窓口へ通報してください。声を上げることが早期発見につながり、深刻な虐待被害に対する抑止力となるからです。

また、高齢者虐待防止法で利用の促進がうたわれているように、成年後見制度の活用も虐待防止の有効な手段となります。こうした法的な制度をうまく活用しながら、地域全体で高齢者を見守る態勢を作ることができれば、高齢者虐待の件数は減少していくのではないでしょうか。