厚生労働省の調査によると、今から10年後の平成37年には高齢者の5人に1人が認知症になるといわれています(約730万人 図1参照)。認知症対策の支援強化は、もはや先送りすることのできない喫緊の課題となっているのです。
そこで政府は1月27日、認知症支援に関する「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」を発表しました。この新オレンジプランとは、一体どのようなものなのでしょうか?
●新オレンジプラン策定の経緯
まず新オレンジプランの概要を説明する前に、国家戦略が策定されることとなった経緯について触れておきます。従来の認知症対策は、病院や施設が中心となって行ってきました。しかしそれだけでは、将来的に増え続ける認知症高齢者に対応することはできません。認知症を含むすべての人が、自分らしい生活を送るためには、新しい取り組み方が必要となっているのです。
そこで厚生労働省は、平成24年に地域包括的なケアシステムを盛り込んだ「認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)」(平成25年度から29 年度までの計画)をまとめました(概要は下記の表1参照)。
認知症施策5カ年計画「オレンジプラン」の主な施策(表1)
1. 標準的な認知症ケアパスの作成・普及 (状態に応じた適切なサービス提供の流れ)
2. 早期診断・早期対応
3. 地域での生活を支える医療サービスの構築
4. 地域での生活を支える介護
5. サービスの構築
6. 地域での日常生活・家族の支援の強化
7. 若年性認知症施策の強化
8. 医療・介護サービスを担う人材の育成 |
さらに昨年(平成26年)11月、安倍首相が「認知症サミット」において、省庁横断的な認知症対策の国家戦略を策定する方針を表明。関係閣僚会合で「最も速いスピードで高齢化が進む我が国こそ、社会全体で認知症に取り組んでいかなければならない」と述べ、関係省庁が連携して対策に取り組むことを決定しました。厚生労働省は関係府省庁(内閣官房、内閣府、警察庁、金融庁、消費者庁、総務省、法務省、文部科学省、農林水産省、経済産業省、国土交通省)と共同で、現行のオレンジプランをベースに「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」をまとめました。
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「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業 九州大学 二宮教授)による速報値
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長期の縦断的な認知症の有病率調査を行っている久山町研究のデータから、新たに推計した認知症の有病率(平成37年)。 |
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久山町研究からモデルを作成すると、年齢、性別、生活習慣病(糖尿病)の有病率が認知症の有病率に影響することがわかった。本推計では平成72年までに糖尿病有病率が20%増加すると仮定した。 |
●新オレンジプランとは
新オレンジプランは、国家戦略であり、今後の認知症政策の方向性を示したものです。
厚生労働省は新オレンジプランの基本理念を「認知症の人の意思が尊重され、できる限り住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らし続けることができる社会の実現をめざす」と表現しています。従来の施策は、行政や施設の側からアプローチするものが中心でしたが、新オレンジプランでは、認知症の人やその家族の視点に立って対策を立てることが重視されています。認知症の人を単に支えられる側と考えるのではなく、認知症の人が認知症とともによりよく生きていくことができる環境を整備することが主眼となっているのです。
当事者の立場になって認知症への理解を深め、認知症の人や介護にたずさわる人たちを支援していくというのが、新しく打ち出されたプランの骨子となっています。
また今回のプランでは、発症初期や若年性認知症への支援強化にも重点が置かれています。認知症になったからといってすべての能力が失われるわけではありません。早期に発見し、適切な医療を受ければ、永続的な社会参画も可能になります。そのためにも段階に応じた医療や介護を受けられるシステムを作る必要があるのです。
新オレンジプランでは「兆候を察知して素早く適切な対応に結びつけるなど、常に一歩先んじて何らかの手を打つという意識を、社会全体で共有していかなければならない」と述べています。
次に新オレンジプランで提言されている主要な施策(7つの柱)を紹介します。
I.認知症への理解を深めるための普及・啓発の推進
認知症の人の視点に立って、理解を深めるキャンペーンや認知症サポーターの養成、学校教育における理解の推進などを図ります。
II.認知症の容態に応じた適時・適切な医療・介護等の提供
発症予防→発症初期→急性増悪時→中期→人生の最終段階
以上のような容態の変化に合わせて、切れ目のない医療・介護の提供をめざします。また早期診断、早期対応のため下記のような体制整備を行います。
・かかりつけ医の認知症対応力向上、認知症サポート医の養成等
・歯科医師・薬剤師の認知症対応力向上
・認知症疾患医療センター等の整備
・認知症初期集中支援チームの設置
III.若年性認知症施策の強化
若年性認知症の人は、働き盛りであることが多く、就労や家族の生活について問題を抱えていることがあります。そうした状況を改善するため、都道府県の相談窓口に支援関係者のネットワーク調整役を配置し、若年性認知症の人の居場所づくり、就労・社会参加等を総合的に支援します。
W.認知症の人の介護者への支援
高齢化の進展にともなって、介護者の負担が増加しています。そこで介護者を支援するため、認知症カフェの設置や介護ロボットの開発支援、仕事と介護を両立できる職場環境の整備等を行います。
X.認知症の人を含む高齢者にやさしい地域づくりの推進
今回発表されたプランでは、4つの観点から認知症の人にやさしい地域づくりの推進に取り組むことが示されています。
1.生活支援(ソフト面)
・家事支援、配食、買物弱者への宅配の提供等の支援
・高齢者サロン等の設置の推進
・高齢者が利用しやすい商品の開発の支援
・新しい介護食品(スマイルケア食)を高齢者が手軽に活用できる環境整備
2.生活しやすい環境の整備(ハード面)
・多様な高齢者向け住まいの確保
・高齢者の生活支援を行う施設の住宅団地等への併設の促進
・バリアフリー化の推進
・高齢者が自ら運転しなくても移動手段を確保できるよう公共交通を充実
3.就労・社会参加支援
・就労、地域活動、ボランティア活動等の社会参加の促進
・若年性認知症の人が通常の事業所での雇用が困難な場合の就労継続支援(障害福祉サービス)
4.安全確保
・独居高齢者の安全確認や行方不明者の早期発見・保護を含めた地域での見守り体制の整備
・高齢歩行者や運転能力の評価に応じた高齢運転者の交通安全の確保
・詐欺などの消費者被害の防止
・成年後見制度(特に市民後見人)や法テラスの活用促進
・高齢者の虐待防止
Y.認知症の予防法、診断法、治療法、リハビリテーションモデル、介護モデル等の研究開発及びその成果の普及の推進
認知症対策には医学の進歩も不可欠な要素となります。そこで認知症に関する研究開発の推進を図ります。平成32年頃までに「日本発の認知症の根本治療薬候補の治験を開始」することと、平成27年度までに「分子イメージングによる超早期認知症診断方法を確立」することを目標としています。
Z.認知症の人やその家族の視点の重視
今まで行政側の視点に偏重していた認知症対策を、認知症の人やその家族の視点を重視する取り組みに変えていきます。
●新オレンジプランの目標
新オレンジプランは、現行のオレンジプラン(平成25〜29年度)を改訂したものですが、高齢化のスピードに合わせて、いくつかの数値目標を引き上げています。
たとえば「認知症サポーター」の数は、現行のオレンジプランでは、平成29年度末までに600万人を目標としていましたが、今回800万人に引き上げています。同様に「かかりつけ医認知症対応力向上研修」「認知症サポート医養成研修」などの目標も引き上げています(表2参照)。
【認知症サポーターの人数】
現行プラン:2017(平成29)年度末 600万人
⇒ 新プラン:800万人 |
【かかりつけ医認知症対応力向上研修の受講者数(累計)】
現行プラン: 2017(平成29)年度末 5万人
⇒ 新プラン: 6万人 |
【認知症サポート医養成研修の受講者数(累計)】
現行プラン: 2017(平成29)年度末 4000人
⇒ 新プラン:5000人 |
【認知症初期集中支援チームの設置市町村数】
現行プラン: 2014(平成26)年度見込み 41市町村
⇒ 新プラン: 2018(平成30)年度からすべての市町村で実施 |
【認知症地域支援推進員の人数】
現行プラン: 2014(平成26)年度見込み 217市町村
⇒新プラン: 2018(平成30)年度からすべての市町村で配置 |
【若年性認知症の人の自立支援に関わる関係者のネットワークの
調整役を担う者の配置等の事業の実施都道府県数】
現行プラン: 2013(平成25)年度末実績 21都道府県
⇒新プラン: 2017(平成29)年度末 47都道府県 |
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参考資料 厚生労働省報道発表資料
「認知症施策推進総合戦略〜認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて〜(新オレンジプラン)」について |
新プランの対象期間は団塊の世代が75歳以上となる平成37年までですが、施策ごとの具体的な数値目標は、介護保険の事業計画期間の3年に合わせて、平成29年度末を当面の設定年度としています。すでに新オレンジプランの方針に従っていくつかの事業が動き出しており、平成27年度の予算案として総合戦略に関連するものが 約161億円計上されています。
以上のようなプランを実のあるものにするためには、国をあげて住みやすい地域社会を作ることが必要となります。発表資料の中にも「認知症高齢者等にやさしい地域は、決して認知症の人だけにやさしい地域ではない」という一文があります。行政、医療、介護、ボランティアにたずさわる人たちが連携して、見守り体制を構築することが、新オレンジプラン実現の第一歩となるのではないでしょうか。
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