「生け花」を始めて早いもので、もう30年にもなっていた。娘時代にお稽古事のひとつとして習ったのがはじめで、結婚してからは動き回る長男を負い紐でおんぶして同輩に気兼ねしながら習ったものだ。こんな風に書いていると、いかにも熱心に花の道=華道に精通しているようだが、花が好きで続けているうちにこんなに長く花と関わってきたというだけの事で、自分でも才能があるとは思っていない。

日本は四季の変化に富んでおり、折々に美しい花々が目を楽しませてくれる。
春の花といえば「桜」に尽きる。「願わくば、花の下にて春死なむ その如月の望月のころ」と西行法師も詠んでいるほどだ。忘れられないのが、八坂神社境内の「枝垂桜」。ライトに照らし出された桜の怪しいまでの美しさに魅せられ、酔った。その時のシーンは今でも鮮明である。
梅も忘れていはいけない。梅というと菅原道真の「東風ふかば にほひおこせよ梅の花 主なしとて春な忘れそ」の歌が思い出される。彼の思いが北の天満宮から大宰府に飛んで行き一夜にして花を咲かせたという「飛梅」の話は有名だ。この歌は高校の教科書にあったと記憶している。
牡丹、レンギョウ、雪柳、チューリップ、菜の花、藤の花、椿、可憐なスミレ…。春は数え切れないほど多くの花に恵まれた季節である。なかでも、松尾芭蕉の「ほろほろと山吹散るか滝の音」に詠まれている山吹の濃い黄色は私の好きな色だ。

夏の太陽にも負けず咲く向日葵、端午の節句の花菖蒲。そして涼やかな睡蓮、花の色が変わるので「七変化」とも言われる紫陽花。土手に咲くアザミは大好きな花だ。毎朝、楽しませてくれる朝顔を見ると小学生のころの絵日記を思い出す。
秋の花といえばコスモス、菊、萩、むらさきしきぶ、つわぶき。茶色に風情のある侘び助。秋の七草のススキも良い。田のあぜ道を真っ赤に染める彼岸花。子供のころ茎をポキポキ折って、首にかけてレイのようにして遊んだ。母は彼岸花のことを曼珠紗華と言っていた。
師走のころのシクラメン。優雅なカトレヤ。寒さに耐えて凛と咲く水仙。花が蝋細工に似ている蝋梅。正月花の葉牡丹、南天、若松。縁起物の千両。瑞々しい葉の青から顔をのぞかせる赤い実が美しい「万年青の一生生け」はシンプルで風格があり、毎年欠かさない我が家の「床飾り」となっている。

今、私たちの暮らしには数え切れないほど多くの珍しい花々が溢れるようになった。しかし、残念なことに「生け花」を楽しむ人は年々減ってきている。
バブルがはじけ、混沌とした時代を生きる今、歩みを緩め周りの景色を楽しみながら、内面の充実を図る時期ではないだろうか。「こころの畑」に種を蒔き大事に育めば、雪の下から芽を出すフキノトウのように、きっとすばらしい芽吹きが訪れることでしょう。