海に釣りに行くようになったのは、昭和38年に山形から仙台に移り住んでからです。前日に行って泊まるか、早朝2時ごろ出発し車を走らせるかして、ほとんど毎週、釣友たちと岩手、宮城の三陸沿岸や福島県相馬沖に出かけました。魚種は豊富でいろいろな魚を釣ることができましたし、現在と違って魚もたくさん釣れました。漁船を貸し切り朝6時ぐらいから釣りはじめ、3時間も釣るとアイスボックスは一杯になり、納竿し帰路についたものです。たまにはヒラメなどの高級魚が釣れると魚市場に持ち込み、船賃を稼ぐことができました。しかし、家に帰ってからの近所への魚くばりが重荷に感じるようになった頃、転機が訪れたのです。
ある日、いきつけの釣具屋で見慣れない道具のカタログを目にしました。それがルアーという釣り道具だったのです。当時は輸入物ばかりでした。外国製の釣り道具だし魚がたくさん釣れるだろうと、釣具屋によく出入りしていた釣り仲間と早速取り寄せました。簡単に手が出ないほど高価なものでしたが、最小限の道具を買い揃え、勇躍渓流に入りましたが、使い方も知らずただ闇雲に引いていたので魚はさっぱり食ってくれません。あまりにも釣れないので、釣り堀に行って釣らせてほしいと申し入れましたが、釣り堀ではルアーを見たこともなく、魚を引っ掛けられたのでは傷がつき売り物にならなくなると、釣具の知識不足のために断られる始末でした。
何ヶ所目かの釣り堀の若い経営者が話を理解してくれて、はじめてルアーという名の金属片で魚を釣ることができたのです。最初に対面できた一匹の魚にはとても感動しました。それからはルアーロッドを肩にタックルケースを手に、北は青森から南は栃木・群馬・新潟・福島会津とキャンプ生活と山菜取りをしながら釣り三昧を楽しみました。40センチオーバーから50センチぐらいまでの、大イワナを何匹も手にすることができたことは、今も感動として脳裏に焼きついています。現在は釣期も3月から8月までと短くなり、体力にも昔ほど自信が持てなくなったので遠征はしなくなりました。
渓流釣りで釣った魚の食べ方は、刺身にして生で食べる、焼く、煮る、蒸す、揚げるという従来からの基本的な調理法でした。もっと美味しい食べ方はないだろうかと模索している頃、燻製という不思議な調理法があることを知り、東京の渋谷にある店で燻製作りの道具を買い求め、作り方も分からず燻製作りを始めたのは今から20年前でした。
最初はうまくできず、失敗の連続でした。魚は以前ルアー作りを始めたとき以来、友達になった養鱒業者から分けてもらいました。内臓はとったのだがエラを取らなかったばっかりに保存がきかなかったり、暖かい時期に作って首が取れてしまったり、スパイスの使い方が分からず塩っ辛いだけの燻製だったりと、まったく知識のないまま作り失敗だらけでした。渋谷の店に電話で問い合わせをしたり、試行錯誤をしながら何とか作れるようになったのは、作り始めてから2年ぐらい過ぎていたのではと思います。
ニジマスの燻製には4日の日数が必要です。肉を素材とするものだと、もっと多くの日数が必要となりますので、今のところはもっぱら魚の燻製作りだけです。
ここで燻製作りの工程を紹介しましょう。まず始めに魚の下拵えです。腹を裂き、エラや血合いをきれいに取り除いてから、いろいろなスパイスを入れたピックル液(漬け込み液)に漬け一昼夜冷蔵庫に入れます。その後、それを取り出し流水の中で30分ほど塩出しをします。これは余分な塩分を除きまろやかな味にするためです。その魚を生乾き程度の状態にするため、再び冷蔵庫に一昼夜おいて乾燥させます。そこまでできたらいよいよ燻煙開始です。燻煙器に魚を吊るし常温に戻すため、1時間ほど風に当てます。その後、電熱器のスイッチを入れ60度ぐらいまで温度を上げ、約1時間乾燥させると魚の皮がかなり乾燥し皺になるはずです。そこまでできたら燻材に点火となります。以前は木材を切ったチップを使っていましたが、今は燻材の良いのが簡単に手に入るようになりました。リンゴ、ナラ、サクラ、ヒッコリーなど多種多様の燻材があり、アウトドアショップやホームセンターでも扱っています。
私の住まいが仙台駅に程近いマンションということもあり、燻製の煙と臭いが同じ建物に住む人の迷惑にならないようにと気を配りながらの燻製作りなので、夜遅い時間の燻製作業となります。真夜中2時ごろに火を入れ、明け方の6時過ぎに燻材が燃え尽きると燻煙は終わりです。燻製器のふたを開けると魚は黄金色に輝いてすばらしい燻製のできあがりです。その後、2時間ほど煙や臭いの渋みを取り除くため風乾してから、一匹一匹真空パックに入れ密封すれば4日間の工程はすべて終了です。冷蔵庫で保管すると約1ヶ月は保存が利きます。
冬季には手作りのニジマスの燻製をテーブルに盛り、山遊びの友と酒を飲み交わし四方山話に花を咲かせ、鱒を手でちぎりながら食べるのは、本当に至福の限りです。
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