シニアが気になる!数字やトピックスから、安全・安心な社会を一緒に探すメルマガです。

No.52/2011.3.28(月)発行
発 信/SLAとうきょう

このたびの「東関東大震災」で被害に遭われた皆様に心よりお見舞い申しあげます。
今号は、震災特集を試みました。天災か人災かの論議はさておき、今は人間のすべての知恵と力を合わせ被災地の救済と復興に取り組む時と思います。

<東関東大地震 特集>

<小さな特集> がんばろう!ニッポン

支援の ちから

2011.3.11 M9の大地震。三陸から関東沿岸に巨大津波が襲いかかった。安全なはずの原子力発電施設が損傷し、つぎつぎと二次災害が押し寄せている。健康被害をおよぼすかも知れない放射線被曝の不安のなかで、野菜や牛乳、河川汚染の心配も追い討ちをかけてきた。史上最大の災害は、まだ全体把握が進んでいない。
  被災地は例年になく春が遅い。「医・食・情・暖」 を早く欲しい!と避難所から何度も声が上ったが対応が遅かった。
「家や身内を失った悲しみにくれる間もなく、避難、移住、復興に日夜の闘いがつづくなかで、世界中から支援の手がのさしのべられている。「がんばれ ニッポン!」と。
私たちに、何ができるか?「せめて買い占めはしない」、「早寝、早起きで節電する」・・・現地には跳んでいけない高齢者からの声援もつづいています。

※水彩画は:街中でみつけたレトロな喫茶店。
記事とは関係ありません。藤木亘「小さな画室」より。 http://www.ne.jp/asahi/fjk/art/

[1]地震災害の★できごとロジー

地震の国ニッポンの大地震の歴史(出典は、「ウィキペディア フリー百科辞典」ほか)
これまで22回(昭和58年)まで連載してきた「昭和は遠くなりにけり」〜「できごとロジー」に代え、今号では過去の地震災害の歴史と原子力発電所事故をさぐってみました。

★日本史上最初の地震の記録は?・・・5世紀、416年8月23日、遠飛鳥宮(現・奈良県明日香村)で地震(日本書記に記述)。★日本の地震被害の最初の記録は?・・・6世紀、599年5月28日、大和国(奈良県)でM.7.0地震。家屋倒壊(日本書記に記述)
★津波による大きな被害、白鳳南海地震・・・7世紀、684年(天武13)年、M8.0〜8.3、死者多数。土佐で津波による大きな被害。同時期に東南海、東海地震も発生。
★貞観三陸地震は連動型巨大地震と類似・・・869年、岩手・福島・茨城沖を震源地とした津波で死者約1,000人。多賀城が損壊。
★永長東海地震は死者1万人以上・・・1096年、M8.0〜8.5、東大寺の鐘落下、伊勢・駿河で津波被害。
★康和南海地震は死者数万と推定され土佐で津波・・・1099年、M8〜8.5。興福寺、天王寺も被害。
★富士山の宝永噴火と宝永地震は東南海連動型・・・1707年、M8.4〜8.7で関東から九州まで津波被害。道後温泉の湧出も数ヶ月間にわたって止まる。
★日本で最大の津波被害、明治三陸沖地震は1896年6月 M8.5 津波による死者2万2000人。家屋被害1万棟以上。★昭和三陸沖地震(1933年3月)M8.1 死者・行方不明3064人。津波で4034棟流出。
★関東地震(関東大震災)は1023年9月1日、M7.9、死者・行方不明10万5,385人は日本災害史上最大。後藤新平は、5日間で首都圏再建案を作ったという。現在の昭和通り、靖国通り、多くの都市公園は震災の反省から学び構想されたという。
★十勝沖地震(1952年3月)M8.2 ★日本海中部地震(1983年5月)M7.7 ★北海道南西沖地震(1993年7月)M7.8 ★阪神・淡路大地震・・・兵庫県南部で震度7・・・1995年1月17日、死者・行方不明者6,437人。未だ記憶に新しい。
★「東北地方太平洋沖地震」・・・2011年3月11日、M 9.0は日本の地震観測史上最大。
福島第一原発の事故が重なり、戦後最悪の震災はいまなお、深刻な事態が進行中で復興への手かせ、足かせになっている。

[2]◆世界の原子力発電所の事故

1957年 ウラル核惨事・・・ソ連ウラル地方にある原子炉でプルトニュウムを含む200万キューリーの放射線物質が飛散。大量貯蔵の危険性を知らせた事故。1957年 英ウィンズケール火災事故・・・イギリス西部の軍事用原子炉で火災。2万キューリーのヨード131が汚染したが極秘にされた。1963年 仏サンローラン・デ・ゾー原子炉で・・・熔融事故1966年 米デトロイド郊外 エンリコ・フェルミ試験炉で・・・炉心熔融の最初。1979年 米スリーマイル島原子力発電所事故・・・レベル5の事故。人的事故とも言われアメリカの新規原発は中止に追い込まれ、INPOが誕生。1986年 チェルノブイリ原子力発電所事故・・・ウクライナ共和国の4号機が爆発・炎上多量の放射性物質が大気中に。レベル7の史上最悪の原子力事故。放射性物質は気流に乗って世界規模で曝、2005年に発表のW被HO等の共同調査では、直接的な死者9000人とも、間接5万人とも。

[3]◆こんなにあった ★国内の原発事故

★1978年11月 東京電力福島第一原子力発電所3号機事故・・・日本初の臨海事故とされる。国への報告なかったことが後で判明した。29年後に発覚、公表された。
★1989年1月1日 東京電力福島第二原子力発電所3号機で事故。
★1990年 東京電力第一発電所3号機で自動停止。★1991年 関西電力美浜発電所2号機で事故。いわゆる「ギロチン裁判」起こる。★1991年 中部電力浜岡原子力発電所3号機で原子炉水位低下、事故。★(レベル3)1997年 動力炉・核燃料開発事業団の東海再処理施設で火災爆発事故。★(レベル3)1999年 北陸電力志賀原子力発電所1号機事故。想定外の無制御臨界となる。日本で2番目の臨界事故は2007年になって公表された。
★(レベル4)1999年 東海村JCO核燃料施設臨界事故。日本で3番目の臨界事故で作業員
2名が死亡。★(レベル5)2011年3月11日、東京電力福島第一原子力発電所1号機事故!
詳細不明。人的被害をはじめ野菜、牛乳への被曝、河川、海水汚染の不安がつのる。世界中
が日本の「核」を見つめている。

正しく怖がれ!と言われても

シーベルト、ヨウ素131、セシュウム、ストロンチウム90、プルトニウム241・・・はじめて聞くような数値や単位と、「直ちには、人体に影響ない」としながら、その数値は「通常の何百とか、何千倍」と、毎日のように発表され、国民の不安はつのるばかりです。
「念のため、健康に及ぼす影響はない・・・」という一方で、「出荷するな、食べるな、乳幼児には飲ませるな」では、「正しく怖がれ!」と言われても信じがたい。自分で確かめるしかありません。政府や保安院の情報は混乱し、ますます信用を失いつつある。
★被曝数値などに関することは、文部科学省 http://www.mext.go.jp/ 
★郵便番号で、わかりやすい「停電情報」サイトはhttp://www5f.biglobe.ne.jp/~t-sugi/ が便利。
  -----------------------------------------------------------------------------------
★第五福竜丸・・・1954年3月1日、米国の水爆実験のよる多量の放射性降下物(死の灰)を浴びた。無線長だった久保山愛吉さんが半年後に血清肝炎で死亡した。第五福竜丸は、現在は江東区夢の公園の一角に展示館内に残っている=写真右 

<気になる! 数字 2>
東日本大震災の空の下で

1週間ぶり老人ホームの66人救出・・・震災から1週間経った3月19日、「陸の孤島」となって取り残されていた老人ホームの入所者66人がヘリで救出された。体力的に限界ぎりぎりの状態だったという。最高齢は102歳の女性。
救出劇に拍手、一瞬の笑顔・・・震災から11日経った3月21日には、80歳の祖母と孫(16歳)が奇跡的に救出された。開口一番に「祖母がいる、助けて!」といい。助けられた祖母の第一声は「孫は?」だった。被災地にも一瞬の笑顔がもどる。一方で、半壊した家を「離れたくない!」と自衛隊員の救出、移住を拒む老夫婦の映像もあった。
人工透析患者が困っている!・・・被災地の岩手、宮城、福島の3県で、約1万2000人の人工透析者がいるが、停電や設備のある病院が少ない。人工透析の患者数は1968年にはわずか215人だったが2009年には約29万人と増えている。これは糖尿病などの患者が増えているためで、ここ数年は毎年約1万人前後のペースで増加(日本透析医学会)。医療機関での人工透析は週に3回、1回に3〜5時間かかる。
低体温は万病のもと、被災地のお年寄りが心配・・・ヒトの体温は平均36.5℃ぐらいあって体内の酵素の働きが活性化するが、低体温だと新陳代悪くなり免疫力低下を招き様々な病気に掛かりやすいという。被災地では気温の低い日が続き、暖房設備も行き渡っていない。寒さに加え、ストレス、低栄養などが重なり「低体温症」になりやすい。低体温と冷え症の違い、齢をとると寒さに鈍感になり、体温調節が不良になる。体温が35℃以下になると病気は3倍も多くなるという(NHK「ためしてガッテン」ほか)
日本は世界で3番目の原発国・・・国際原子力機関(IAEA)によると2010年現在、世界で稼動している原子炉は437基にのぼる。米の104基、フランス59基、日本の54基だ。86年のチェルノブイリ事故を機には見直し機運が高まったが、近年は地球温暖化対策などから原発回帰の動きが起きていた。(朝日 3.28)
1年間に捨てられる食品は東京ドーム80杯分・・・・1千900万トンに及ぶ。これは世界の7千300万人が1年間に食する量に相当するという。賞味期限切れ、期限の間近い食品の処分が多いとも。1年間に捨てられる食品廃棄物は2千189万トンという数字もある。その6割、1千250万トンが家庭の台所から出る生ゴミであり、その68%が調理くずで、27%が食べ残した手つかずの食品という(環境gooサイト)
99歳の詩人・柴田トヨさんが被災者へメッセージ・・・処女詩集『くじけないで』が150万部のベストセラーとなっている詩人、柴田トヨさん(99)が「被災者の皆様に」を寄せた(産経新聞)。「天国へ行っても、日差しとなり、そよ風となって応援します・・・くじけないで」と。
  ・・・私もできることはないだろうか?/ もうすぐ百歳になる私/ 天国に行く日も/近いでしょう /その時は/日射(ひざ)しとなり/ そよ風になって/皆様を応援します/ これから/ 辛い日々が/続くでしょうが/ 朝はかならず /やってきます/ くじけないで!

■第22回 文学歴史散歩

〜徳川将軍家の菩提寺と樋口一葉ゆかりの街〜 「小石川」コース
この地域はよく河川の氾濫のために治水工事が多く、小石が混じる農業には余り適した土地ではなかったようだ。町の名からも、茗荷が多く作られていたことがうかがえる。
  江戸幕府の初代・家康は実母於大のために、伝通院を建て伏見より墓を移した。5代綱吉は御薬園を作り、8代吉宗は庶民のために小石川養療所を建てた。閑静で緑の豊かな幕府ゆかりの地は、現在は植物園としてその面影を留めている。明治に入ると一葉の「にごりえ」に見られるように、新開地として開発され発展した。今回は歴史散歩として、徳川将軍家の菩提寺「伝通院」に眠る家康の母「於大」、秀忠の長女「千姫」の墓、を訪れます。また文学散歩として、樋口一葉のゆかりの地、中島歌子の「萩の舎」跡、「にごりえ」の舞台源覚寺(蒟蒻閻魔)、終焉の地、また、石川啄木と幸田露伴の終焉の地も訪れたいと思います。

◆実施日:平成23年5月15日(日)(小雨決行) ◆集合:メトロ丸の内線「茗荷谷」駅 出口 10時
◆コース:(総計約3km、3時間コース):@石川啄木終焉の地、A萩の舎跡(中島歌子塾)、B伝通院(於大墓、千姫墓、佐藤春夫墓、柴田錬三郎墓、清河八郎墓)、C幸田露伴終焉の地、D善光寺、E樋口一葉終焉の地、F源覚寺(にごりえ舞台)、解散:メトロ線「春日」
◆案内人:酒井文夫SLA◆参加費:300円
◆問合わせ先・申込み先/SLA東京 090―3041−6748(岡田)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

■第18回シニア住宅見学会は、延期しました!

4月10日(日)に実施を予定していたシニア住宅見学会、介護老人施設「サンテーヌ土浦」の視察と「亀城公園の観桜会」は、東日本大災害による交通事情のため延期しました。  
今後の予定は、歴史博物館ほか付近の散策コースプランを含め、改めてご案内致します。(案内人・沢木清美SLA、大賀勝SLA)
                               ☆
■全国SLA協会の主催による恒例の全国一斉特設電話相談「シニアの悩み110番」・・・は、3月26日〜27日の両日、東北地区をのぞく全国7地区で実施されました。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

いま、何が求められているか?

都道府県の支援物資情報や、ボランティア活動の状況は・・・
首相官邸のホームページや東京ボランティア・市民活動センター(03-3235-1171)では随時、情報を更新している。 http://www.tvac.or.jp/ 
「NHKボランティアネット」は、地域や民間会社、グループのボランティア活動状況を随時、紹介しています。http://www.nhk.or.jp/nhkvnet/home.html 
NPO関東SLA協会も、「東北関東大震災義援金」口座を開設し、日本赤十字社を通じて被災地に届けることを決めた。(詳しくは協会事務局へ)


<気になる言葉>

「わたしたちに、いま何ができるか」

シニアの集いやメーリング仲間の声を集めてみました。
(はじめました)
義捐金箱を見るたび入れます。小額だけど、そのつど自分の気持ちが少しはスッキリします。
宮城、福島、岩手・・・といえば東北の地酒!みちのくの銘酒、せいぜい飲ませてもらう。
クルマはなるべく乗らないよう心がけます。自転車か歩いて行きます。
オール電化はしないことにした。一元化すると、イザというとき役に立たない。
庭で使っているソーラーライト、停電時に室内で使った。2個1000円と安くて便利ですよ。
頼れるのは自分だけ。日頃から気力、体力、ウォーキング、筋トレに励む。
支援物資の仕分け作業に参加します。そのユニフォームも2000円で買いました。
海外旅行を断念して25万円の「支援基金」を作った。今日も妻とポスティングのアルバトで1500円加算できました。
乳幼児のいる家庭に水を配るボランティアに参加します(公園ボランティアの団体の関係で)
長い支援活動になると予想できるので被災地と外国人向けのメルマガ「つうしん」を創刊した。
食べ物、減らすし、この際ダイエットする。
以前によくやった「田作り」(ゴマメ)をつくる。2袋買った。保存性、栄養価高い。
  (思うこと)
柴田トヨさんの「くじけないで」のメッセージは素直に心温まる(さすが、詩人だからできること)
ACジャパンのCMは、いいと思う。元気をくれるし、いいこと言っているのを知った。
私は洋食派なので2日で1斤食べる。レジに2個持っていったら「1個にしてください」といわれました。明日、また買いに来ればいい。被災地のひと思えば「へいちゃら」
「断捨離」の防寒衣、捨てるのをやめます。ゴミで出すことだけは避けたい。
自家用小型発電機が売れているらしい。たったの2時間。ガソリンやガスで回す。ガソリン無ければ無能。「過剰な非常用品セット」を急がない。
「被災児童は過疎地で受け入れを・・・」(長野県の小学校長が新聞の投書欄で提案)全国には、児童数減少でクラスの編成が難しいところが少なくないらしい。平成の学童疎開。
放棄農地に補助などつけないで、「定年後農業」を推奨すれば、一挙両得では
戦後を経験したから、「節約」には慣れているのよ。でも、おしつけ「倹約」はイヤ。
  (言いたい!)
被曝野菜・・・「安全だ」というなら蓮ホウさん、「わたし、食べます」と言えばいいのよ。
ワタシは買いだめしません!(スーパーで買い占めている中年女性に、「やめなさい!」と言ったら
「福島の身内に送るんです!」ほんとかしら?ホントだったら、ごめんね。
「計画停電」っていう用語は、なんとなくお上からの「倹約令」を感じる。自分で原因を作っておいて何が「計画」? 予定も、実施もまったく「無計画・無責任停電!」
  ハウスの中の野菜はどうやって被曝するの? 乳牛だって、今年の牧草、まだ食んでない。食べているのは、昨年の牧草なのになぜ?
「ノーモア 広島・長崎」から、「ノーモア・福島」になりませんように祈るばかりです。
「納豆」はなぜ買いだめされるの?産地の水戸が被災したからからヨ。えー?もうッ!過剰反応もいいとこ!
 
<始めたこと、思うこと> これからもお寄せください!

◆前号で偶然に引用した農事暦。福島県では、米や野菜の種まき、春耕は待てと、作付け延期の通達が出た◆昔から農事暦の目安としてきた吾妻小富士の「種まきウサギ」の雪形は、今年はいつ頃出るのだろうか?例年になく春が遅い。せめて、それが農作業の遅れに幸いする天の恵みを希う。(岡)

SLAの情報交差点
【発行人】代表/荒木正人   【編集人】広報/岡田久男
■SLA東京・事務局■
〒104-0045 東京都中央区築地4-14-18-702 (有)新生アドバイザー内
TEL:03-3547-3507/FAX:03-3771-8278/E-mail:sla-tokyo@ozzio.jp