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SRコラム

成年後見トラブル実話/診断書を偽造したのは誰?
2025.03.23 更新
後見利用促進法のあおりを受け、社会から抹殺されそうになった90歳男性――
医師の診断書は、成年後見制度を利用する際の必要書類です。なぜなら「診断書にあるように、本人は判断能力が不十分で、銀行との取引ができないから後見人をつけてほしい」という具合に、診断書を根拠にして家庭裁判所に申し立てをすることになっているからです。医師の診断書を受け取った裁判所は、それを有力な証拠として採用し、後見・保佐・補助・非該当の判断をします。
その診断書(成年後見制度用)をめぐる重大な事件の報道がありました。
東京都港区の職員が、医師が書いた成年後見制度用の診断書を偽造し、家庭裁判所に提出しました。その結果、90歳の区民男性に成年後見人がついてしまいました。しかし、その後の詳しい検査で、「本人の状態は後見人が必要なほど悪くない」という結果が出ました。それによって、この人に後見人をつけてほしいという港区からの申し立てそのものが家庭裁判所により却下されるという事件がありました。
港区のせいで父親を成年被後見人にされたことに抗議し続け、1年近く嫌な思いをした男性の娘さん(60代)は、2025年2月1日、東京地検特捜部と警視庁に、有印私文書偽造・同行使の罪にあたるとして、港区の職員らを刑事告発しました。
本件の資料を見ると、ある精神科医が書いた診断書の内容が修正されています。具体的には、保佐相当のチェックが二重線で消されて医師名の訂正印が押され、後見相当にチェックし直されています。しかし、この診断書を書いた医師は、「自分は修正していない」旨を書面にして提出しています。では、誰が診断書を偽造したのでしょうか? 医師以外に診断書を触る立場にあったのは、病院の職員か、診断書を書くよう依頼した港区の職員のいずれかに絞られます。
娘さんは、病院に診断書偽造の調査を依頼しました。これに対し、病院は「職員は偽造していない」と院長名の書面で回答しました。以上の事実を基に消去法で考えると、犯人は港区職員となります。
病院の記録を見ると、「医師が診断書を書いたら区にファックスで送るように」と港区職員が病院に要請しています。このことから、実はファックスを受け取った港区が、保佐相当より後見相当の方が何かと都合がよいので後見相当に書き直すよう病院側に依頼し、病院職員はそのことを医師に言わず、常備している医師のハンコを使って偽造して港区に渡したと推測されます。告発状にも、医師のハンコを触る立場にあった病院の事務長と係長、偽造するよう教唆したであろう港区の福祉課の係長の3名が告発の対象者となっています。
診断書を偽造する動機は何だったのでしょう。
告発状によれば、港区の動機は、成年後見制度の利用件数を増やすことであろうと記載されています。2016年(平成28年)に「成年後見制度の利用の促進に関する法律」が施行されました。これは、成年後見制度を生業にする弁護士や司法書士からの陳情を受けた国会議員が法案を提出し、制定されたものです。この法律の主な目的は、市区町村長による後見開始の申し立て件数を増やすことです。
告発状には、本人の状態が「後見」程度に重くないと自治体が介入する理由が弱くなってしまうので、保佐から後見に変更するよう指示(教唆)したと記載されています。
病院が偽造に協力した動機は、患者を送り込んでくれる自治体には逆らいづらいという力関係があったと記載されています。
港区は男性を、遠く埼玉県の精神病院に区長名で保護入院させ、その間に医師に診断書を書くよう求め、さらに偽造し、後見人をつけるよう家庭裁判所に申し立てをしていたことも書かれています。
その過程で、区は娘さん(告発者)に「父親に後見人をつけようと思うが、これに同意するかしないか」を求めました。娘さんは「父親に会ってみないと何とも言えないので居場所を教えてほしい」と依頼しましたが、港区は頑なに居場所を教えませんでした。
仕方なく娘さんは、港区内の高齢者施設をしらみ潰しに当たりましたが、父親は見つかりません。「もしかしたら病院かもしれない」と考え、100件近くの病院に電話し、ようやく居場所を突き止めました。夫や知人と病院を訪ね、すったもんだの末、なんとか父親を奪還したという経緯も記述されています。
本件は、裁判官時代に無罪判決を30件出したことで高名な木谷明氏が、弁護士として作成した最後の告発状です。木谷先生は本件について以下のように書いておられます。
『この犯罪の法定刑は3月以上5年以下の懲役であって、殺人や強盗殺人のような重罪ではない。しかしながら、本件犯罪はこともあろうに、国民のためにサービスを提供すべき立場にある行政機関(具体的には東京都港区役所)自身が、自らの行政実績向上の外観を作出する目的で主導したと思われるものである。それは、社会生活に十分堪え得る一人の老人を、要成年後見対象者として社会から事実上抹殺しようと図ったことに起因する、まことに深刻かつ悪質な事案である』
本当にその通りと思わざるを得ません。