Topics トピックス
SRコラム

成年後見トラブル実話/障害をもつ兄と任意後見契約を結んだ妹
2025.03.24 更新
「障害手帳が1級なら法定後見」と言いきった福祉関係者――
数年前に、「障害者の兄のことを母から頼まれたんですが、法定後見しか選択肢はないのでしょうか」とHさん(62歳・女性)から相談がありました。Hさんのお兄さん(65歳)は生まれながらの知的障害です。障害等級は重度の1級で、主治医からは認知症も出ていると言われていました。
お兄さんは、母親(95歳)と同居し、ずっと母親の世話を受けてきました。Hさんは嫁いで別に暮らしていましたが、母親から「私も歳だから、これからはあなたがお兄ちゃんのお世話をしなさい」と言われ、特に財産管理について準備しておくよう言われました。どうしたらよいのかわからなかったHさんは、市の福祉課、社会福祉協議会、弁護士、その他思いつく限りのところに相談すると、いずれにおいても「障害者手帳が1級なら法定後見しかない。しかも一番重い後見類型になると思う」と口を揃えて言われました。
Hさんは法定後見について調べました。その結果、家庭裁判所に登録している弁護士や司法書士の中から裁判所が一方的に後見人を決めること、後見人には生涯にわたり数百万円の報酬を払うことになること、などがわかりました。それを母親に伝えると、「そんなのはダメ。他の方法を考えなさい」と言われたので、成年後見セミナーに参加して相談することにしたそうです。
セミナーでHさんが質問したことから、実際にお兄さんに会ってみようということになりました。お兄さんと話して様子を見ていると、判断能力は十分にあると思われたことから「お兄さんとHさんで任意後見契約を結ぶことができのでは?」と話すと、Hさんは「任意後見のことも調べましたが、障害1級でも契約できるんですか?」と心配の様子でしたが、「法定後見しかないと言った人たちは、お兄さんに会っていないとのこと。本人に会わずして後見相当と決めつけるのはおかしい。そもそも後見人が必要かどうかは裁判官が決めることであり、他人の意見は意味がない」との話を聞いてHさんは納得。さっそくお母さんに報告していました。
するとお母さんは、「直ぐにそれをやってもらいなさい」と言いましたが、任意後見契約を結ぶには実印が必要です。お兄さんは生まれながら障害があったので、お母さんは必要ないと考え、実印を作っていませんでした。そこでHさんは市役所での印鑑登録から始めました。お兄さんと一緒に市役所へ行って手続きを取り、印鑑登録カードが交付されました。そして、契約に必要なお兄さんの印鑑登録証明書、戸籍謄本、住民票(写)、そしてHさん自身の印鑑登録証明書と住民票(写)を取りました。
契約書は公正証書にしなければならないので、Hさんは公証役場に「兄と自分で任意後見契約を結びたい」と電話をして、翌週、公証役場へ出向いて任意後見契約の詳しい説明を受けました。
その後3週間ほどかけて公証人と契約の中身についてやり取りをし、お兄さんと話して「何をするか、報酬をいくらでするか」を決めました。具体的には、銀行との取引、施設の選定と契約、年金の手続き、その他です。報酬は兄妹の間なので無料にしました。
翌週、契約をするために、お兄さんとHさん、付き添いとしてお母さんとHさんの夫の4人で公証役場に行きました。公証人の説明を聞き、契約書に署名押印しました。40分ほどですべて完了し、無事に任意後見契約が調いました。緊張が解けた4人は、その足でお寿司を食べに行きました。
10日ほど経って、公証役場から「任意後見契約の登記ができた」と連絡がありました。登記事項証明書は、Hさんとお兄さんが任意後見契約を結んでいることの公の証明書です。Hさんは、法務局で「任意後見契約の登記事項証明書をください」と申請すると、10分くらいで交付されました。
登記事項証明書には「いつ・どこで・誰と誰が・どのような内容の契約を結んだか」が3枚にわたって書かれていていました。
公正証書の契約書は、委任契約を含む内容で15枚にもなる大がかりなものだったので、「コンパクトにまとまっているもんだな」と思いながらお母さんに登記事項証明書を見せたところ、お母さんはとりあえず安堵した様子でした。
実はお母さん、自分の遺言書を作ることも考えていたのでした。法律通り兄妹で半分ずつにするのではなく、障害者のお兄さんの面倒をみるという条件で、Hさんに多く遺すようにしたかったからです。お母さんは遺言書の内容を決めて、改めて同じ公証人に依頼して、公正証書で遺言書を作成してもらいました。お兄さんの財産管理は、任意後見契約と遺言で準備が整い、お母さんはやっと安心することができました。
翌日から、お母さん、お兄さん、Hさん、Hさんのご主人で一泊二日の温泉旅行に行き、これまでのお母さんのご苦労をみんなで労いました。