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SRコラム

成年後見トラブル実話/鑑定では保佐なのに耳が聞こえないと後見?
2025.03.28 更新
後見人を懲戒請求したら多額の賠償を命じられた親族の抵抗――
昭和17年生まれのLさんは、生まれつき耳が不自由です。しかし、身内や福祉関係者とは手話や表情を通じて問題なく意思疎通ができていました。
Lさんには配偶者も子も兄弟姉妹もいません。父親が亡くなり、母親もいよいよ老齢になって息子の将来を気にしていたところ、耳が不自由な人のための入所施設が新たにできたことを知りました。自宅から車で3時間ほど離れていましたが、身内とも話し合ってLさんはその施設に入ることになりました。お母さんは、息子を一生お願いする気持ちで施設に2千万円を寄付しました。Lさんは大口寄付者として、玄関の寄付者銘板の上位に名前が刻まれています。
入所から3年ほどが経ち、Lさんは実家の近くに耳の不自由な人のための別の施設ができたので、そちらに移ることにしました。お世話になった施設に転所の意向を伝えると、施設の態度が一変。幹部職員と顧問弁護士が出てきて、「Lさんを退所させることはできない。こちらでLさんに成年後見人をつける」と息巻きました。それ以降、Lさんは身内との面会を遮断され、誰とも会えなくなりました。そして顧問弁護士が言った通り、Lさんに弁護士の成年後見人(以下「後見人」といいます)がつきました。顧問弁護士と後見人の弁護士は旧知の仲でした。
しばらくの間、誰もLさんと会うことができませんでしたが、ある日、親戚の人が食い下がって面会が叶いました。会うと、Lさんが「家に帰りたい」と懸命に手話で伝えるので、その日のうちに自宅に連れ帰ることにしました。施設を出るときは職員が自動ドアを開けて見送ってくれました。
Lさんの帰宅を親戚みんなで喜んだのも束の間、翌日には後見人と施設職員が家に来ました。施設に連れ戻すためです。執拗に呼び鈴を鳴らしていましたが、応答しないでいると諦めて帰って行きました。
弁護士である後見人は、Lさんを取り戻すために次の手を打ってきました。親戚の者が施設からLさんを拉致したとして、人身保護請求の裁判を仕掛けてきたのです。
そんな中、当のLさんはお墓参りに行ったり、ショートステイを利用したりしながら実家での生活を謳歌していました。施設に入って6kgほど痩せた体も健康的に回復してきました。
暫くして母親が亡くなり、四親等内の近い縁者がいなくなったので、Lさんは年下の親戚の一人(以下「親戚の人」といいます)と養子縁組をしました。二人で市役所に行って、問題なく手続きはできました。ところが後見人は「その養子縁組は無効である」と重ねて裁判を起こしてきました。
拉致の嫌疑にしても養子縁組の解消にしても、後見人はLさんの代理人として親戚を訴えています。しかし、Lさんの心境や生活実態を思うと、後見人のすることはLさんの意思とは乖離しており、弁護士の資格を使っていたずらに訴訟を起こしていると思わざるを得ません。
親戚の人は、「後見人を付けることをLさん自身が望んだとは思えない。いったい誰が手続きしたのか」と不思議に思いました。調べたところ、Lさんが施設の顧問弁護士に対し、「親戚にお金を狙われているので自分の財産を守って欲しい。自分に後見人を付ける手続きを取って欲しい」と依頼していたことになっていました。後見人が必要なほどの人がどうしてそのような依頼ができるのでしょう。Lさんが成年後見制度など知っているはずもなく、明らかに虚偽です。
裁判で親戚の人はこの点を突いて、「後見開始の手続きにそもそも問題がある」と主張しました。また「後見が始まったことは認めるとしても、今の状態は後見人が必要なほどに悪くない」として後見を取り消す手続きも取りました。
後見取り消しについては、家庭裁判所が指定した国立大学医学部准教授の鑑定医がLさんについて後見相当を否定し、保佐相当の鑑定を出しました。しかし、家庭裁判所はそれを採用せず、Lさんを被後見人のままとすることを決め、控訴審でもその判断が支持されたため、Lさんの後見取り消しは叶いませんでした。
人身保護請求訴訟については、Lさんが「施設に帰る」と手話で表現したため、施設に連れ戻される結果になりました。しかし「帰る」と言った理由は、「自分が施設に戻らないと周囲の人たちの争いが続くし、施設の人が不機嫌になって怖いから」だとLさんは手話で伝えました。
Lさんと親戚の人の養子縁組も、裁判で無効の判決が出ました。親戚の人は、一連の結果がLさんのためになったとは到底思えず、弁護士および後見人の仕事ぶりを追及するために弁護士会に懲戒処分を請求し、家庭裁判所に後見人の解任請求をしました。しかし、どちらも問題なしという結論で処分には至りませんでした。
この結果受けて後見人は、Lさんの親戚に対して「不当な懲戒請求および解任請求で業務を妨害された」として、損害賠償を求める裁判を起こしてきました。一審では、親戚に150万円の支払いを命じる判決が出ました。不服申し立てをしたところ、高等裁判所から「50万円で和解」を打診されました。
Lさんの親戚は、「懲戒請求も解任請求も国が国民に保障した手続きが形骸化しており、国民のための制度になっていない。家庭裁判所が決めた後見人に文句を言うことは許さないという態度には屈したくない」として、和解勧告を拒否する意向です。