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SRコラム

成年後見トラブル実話/自分亡きあとの子の行く末 (1)
2025.03.30 更新
後見ストレスで急死と思われる母の手記――
Nさんは昭和58年に在胎33週、1,076gで誕生しました。歩き始めたのが1歳8か月と少し遅め。発語は8歳となお遅く、今でも相手によっては言葉を発しないこともあります。
Nさんは小学校から高校まで、特別支援学校に通いました。ご両親は社会性を身に付けさせようと、毎週のようにNさんを連れてバスで出かけ、毎月のように電車で小旅行に行きました。その甲斐あってか、高校への通学は、途中の駅までお父さんと一緒に行き、そこから一人で電車通学できました。
高校卒業後は作業所に通所し、その後、大手企業の特例子会社の正社員として、月10万円ほどの収入を得るようになりました。週末には、自慢のロングヘアにつけるアクセサリーや、かわいい色のリップクリームを探しに一人でドラッグストアに行って買い物をします。
2011年3月、東日本大震災の様子をテレビで見ていたNさんのお母さんは、「このような災害があって親が亡くなっても、娘は生きていけるようにせめて財産だけでも残しておかないと」と不安になり、成年後見人(以下「後見人」といいます)をつけようと考えました。
生まれてから28歳になるまでNさんを診つづけている主治医に診断書(成年後見制度用)をお願いしたところ、診断は中程度の保佐相当でした。しかし、お母さんは「重い方(後見相当)が何かと本人に有利に違いない」と考え、主治医に「一番重いのにして下さい」と頼みました。主治医は依頼を承諾して、最重度の後見に修正した診断書をお母さんに渡しました。お母さんは、その診断書とともに必要な書類を家庭裁判所(以下「裁判所」といいます)に提出し、ほどなくお母さんが後見人に選任され、とりあえず安堵しました。
お母さんがNさんの後見人になったからといって、それまでと変わったことは特にありませんでした。Nさんの療育手帳の等級はA(重度)のまま、障害年金も今まで通りに受給しており、何の手続きもありません。Nさんの、朝8時25分に家を出て、午後3時45分に帰宅する生活も変わりません。変わったのは、Nさんの財産と収支状況を、お母さんが後見人として年1回裁判所に報告する手間が増えたことだけでした。
5年が経ち、突如生活が一変する事態が起こります。裁判所から「Nさんの後見人に弁護士を追加して財産管理をさせることにした。お母さんができるのは身上監護だけになる」という審判書が届いたのです。何事かと思ったお母さんは裁判所に詰め寄ると、「決まったこと」と一蹴されました。
後見人になった弁護士(以下「弁護士後見人」といいます)からは、さっそく「Nさんの通帳と印鑑、その他財産に関するものをすべて弁護士事務所へ持ってくるよう」と命令ともとれる指示がありました。お母さんは「ふざけるな」と思いながらも「仕方ない」といったんは諦めて、Nさん名義の通帳を弁護士後見人に差し出しました。その時の様子をお母さんは日記にこうしたためています(原文のまま)。
『平成29年4月14日、通帳を2冊取り上げられ、(その挙げ句に)何か不安ですかと言われた。お預かりしますもなく、残高のコピーも寄こさないので私から申し出てようやくもらった』
その後も、弁護士後見人からは「年金の支給月にお金を渡すので事務所までに取りに来てください」「お金を使い過ぎです。Nさんの電気マッサージや特別なミネラルウォーターを買うことは無駄なのでやめてください」などと一方的に言われました。そのたびにお母さんは激怒し、以下のように日記に思いをぶつけています。
『考えれば考えるほど腹が立つよ、通帳がないのでどうしようもない』
『弁護士はおばさんなんかコロッとだませると思っているんだ、そんな簡単にだまされてたまるか』
『娘をまたばかにした、判断が出来ないと言いやがった』
『お墓参りをしてきた、通帳を取り戻してくれと頼んできた』
堪りかねたお母さんが裁判所に苦情を入れると、弁護士後見人はさっさと辞任を申し立て、裁判所は辞任を認めました。後見人はお母さん一人となり財産管理権も取り戻しましたが、裁判所は別の弁護士をお母さんの成年後見監督人(以下「監督人」といいます)にしました。
辞めた弁護士の半年間の後見人報酬は5万円。これについてお母さんは次のように書き残しています。
『人に余計な手間暇かけて5万円よこせとは何事だ、1か月生活出来るお金だよ』
『お墓参りしてきた、通帳は取り戻したが名義はまだ変更していないんだとじいさんに報告してきた』
新たについた監督人は、「前の後見人がしたことは私に免じ許してください」と言いました。事を荒立てたくないのでしょうが、お母さんは「どうして見ず知らずのあなたに免じて許さないといけないのか」と却って不信感を覚えました。そして、監督人にはこの先ずっと月数万円の報酬がかかることも分かり、成年後見制度を使ったことを心の底から後悔しました。
その8か月後、裁判所は突如、また新たな弁護士をNさんの後見人に追加してきました。そして、お母さんから新たな弁護士後見人に財産管理権を移しました。お母さんは「また前と同じことが起こる」と思い悩み、過度なストレスに苛まれたのか、友人に会うため駅に向かう路上で倒れ、虚血性心疾患で帰らぬ人となりました。新たな弁護士の後見人がついた3日後のことでした。