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SRコラム

成年後見トラブル実話/家庭裁判所にやり直しを命じた高等裁判所
2025.03.23 更新
老いらくの恋を妨害しようとした弟とケアマネジャー ――
昭和4年生まれのFさん(男性)は、大学の理工学部を卒業後、技術屋としてメーカーに就職しました。その後、独立開業し、気が付けば80歳になっていました。
多くの特許を取得した会社を後進に引き継ぎ、長年支えてくれた妻と老後を楽しみ始めましたが、妻は体調を崩し、ほどなく亡くなってしまいました。落胆したFさんでしたが、ヘルパーさんに勇気づけられながら、なんとか独り暮らしを始めたところ、それまで疎遠だった弟と甥から連絡がありました。「これからは自分たちが面倒をみる。良かったらこっちの方へ引っ越してこないか」と言うのです。
自立心旺盛なFさんは迷いましたが、他に身内もなく、先々のことを考えると多少の不安もあったので、弟宅の近くに新設された高齢者向けマンションを購入して引っ越しました。
さらに、弟が連れてきた信託銀行の職員と公証役場へ行き、「遺産は弟と甥に渡す。遺言執行者は信託銀行とする」という遺言を作り、信託銀行に100万円の手付金を支払いました。
慣れないマンション暮らしを始めて2か月が経ちましたが、弟や甥は顔も出しません。知り合いもなく退屈な生活に飽きて、Fさんは自らマンションを売って、当時のヘルパーさんに連絡して自宅に戻りました。
しばらくして、Fさんはヘルパーさんを後添えとして迎えたいと思うようになりました。ヘルパーさんもはじめのうちは断りましたが、Fさんの真剣さに心を動かされ、二人は入籍しました。
それを聞きつけた弟が再び登場します。弁護士に相談し、Fさんに後見人をつける手続きを取り始めます。弟に押し切られたのか、地域包括支援センターのFさん担当のケアマネジャー(看護師)は、家庭裁判所に出す資料に次のように書きました。
1)ほぼ毎日、朝からお茶がわりにアルコールを摂取。アルコールが抜けている状態がほとんどない
2)本人は自分で金銭管理をしているというが、妻(ごく最近入籍)が通帳や印鑑を持っている。銀行へ出金に行く時は、必ず妻が同行する
3)金銭管理、遺言書の書き換え、遺産相続人の変更、婚姻している現状に対する認識の有無などの課題がある
4)成年後見制度を使うことについては本人に知らせない方が良い。なぜなら、本人に知らせると妻が知るところとなり、金銭や財産等を搾取される可能性が高いため。なお妻は、介護保険関係者、主治医、親戚に入籍の事実を明らかにしないまま、自宅をリフォームしようとしている
Fさんの主治医はこの内容を鵜吞みにし、病名をアルツハイマー型認知症、判断能力は後見人が必要なほどに衰えているとし、ケアマネジャーの記載と同様のことを診断書(成年後見制度用)に書いて弟に渡しました。
弟はその二つの資料をもとに、家庭裁判所に「兄に妻以外の弁護士等を成年後見人にしてほしい」と希望を添えて申し立てをしました。同時に、成年後見人が決まるまでの暫定措置として、Fさんの財産管理人の選任の申し立てもしました。
家庭裁判所は、弟の主張を全面的に受け入れ、直ぐに弁護士をFさんの財産管理人とすることを決めました。Fさんにとっては見ず知らずの人です。
財産管理人となった弁護士はFさんの口座がある銀行に、自分がFさんの財産管理人になったこと、Fさんが来ても預金の引き出しや解約はさせないよう伝えたことから、銀行はFさんの口座を凍結しました。
そのため、Fさんは銀行へ行っても1円たりともお金を引き出すことができなくなり、年金も使えず家計に影響が出たので、妻が自分の貯金を切り崩してやり繰りしていましたが、古いカーテンを買い換えることもできず辛抱する毎日でした。
そのような生活が数か月続いた後、Fさん夫婦は反撃のために行動します。
まず、複数の医師から「そもそもアルツハイマー型認知症ではなく、特発性正常圧水頭症であり、手術も成功し、もはや判断能力は十分にある」という診断書を、複数の医師から入手しました。これは、Fさんは後見人が必要な状態ではないということの証明でもありました。
それをもとに、弟と甥に財産を遺すという公正証書遺言を撤回しました。また、Fさんと妻で任意後見契約を締結しました。
さらに、家庭裁判所に「財産管理人がやっていることはおかしい。財産管理人も家庭裁判所が決める成年後見人も要らない。任意後見契約もできているし、財産管理も自分たちでできるから放っといてくれ」と主張しました。
しかし、家庭裁判所はその主張を無視して手続きを進め、Fさんに成年後見人をつけました。それによって夫婦で結んだ任意後見契約は無効にされてしまいました。これに対し、Fさん夫婦は、高等裁判所に不服申し立てをしました。すると高等裁判所は、Fさん夫婦の主張を受け入れ、家庭裁判所に審理のやり直しを命じました。
やり直しの結果、成年後見人はもちろん財産管理人も不要と判断され、Fさんはようやく自分の財産を自由に使えるようになり、改めて新婚生活をスタートさせることができました。