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SRコラム

成年後見トラブル実話/後見人の地位を取り戻した母

2025.03.25 更新

介護事故の裁判をしないなら成年後見制度を使う必要はなかった――

72歳のJさんには二人の息子がいます。長男は重度の知的障害と精神障害で日常生活の介助が必要です。次男は交通事故の後遺症で軽い精神障害を負っています。
長男のお風呂は、地域の訪問入浴サービスに介助をお願いしていました。いつものようにヘルパーさんがお風呂に入れてくれていたところ、「ドターン!」と大きな音がしました。Jさんが風呂場へ駆け込むと、長男が洗い場に横たわっていました。「なにやってるの!」と声を上げると、ヘルパーさんは慌てる様子もなく「ふん」という表情で「別に」と返してきました。
ヘルパーさんが帰った後、福祉事業所に苦情の電話を入れると、「だったら明日から行きません」と一方的に契約を切られてしまいました。Jさんは憤慨し、事業所を訴える決意をしました。

長男は障害者専門の保険に加入していたので、Jさんは保険会社に電話をして、障害者問題に詳しい女性弁護士を紹介してもらいました。弁護士事務所に行って事情を伝えると、「それはけしからん。訴えましょう」と言ってくれました。具体的には「傷害罪で刑事事件にするのは難しいが、正当な理由なく一方的にサービスを打ち切ることは不法行為にあたり、民事で訴えることができる」とのこと。「ただ、原告は息子さんになるので、訴えるには息子さんに成年後見人(以下「後見人」といいます)をつけなければならない」とも言われ、手続のための書類一式を渡されました。

Jさんは、自分が後見人になれるのならと、1週間ほどかけて書類を作り、弁護士事務所へ持って行きました。「よく書けています。これならお母さんが後見人になれると思います。後見人として私に依頼していただければ事業者を訴えることができます」とも言われました。Jさんは自信をもって家庭裁判所(以下「裁判所」といいます)に書類を提出しました。

そして1か月ほど経ったある日、Jさん宅に裁判所から郵便が届きました。後見人が決まったかと思って封を開けると、長男の後見人になったのはJさんではなく、相談した女性弁護士でした。
何かの間違いかと思って裁判所に電話しましたが、「審判書の通りです」としか言いません。急いで弁護士事務所へ行って「話が違う」と問い詰めましたが、「裁判所が決めたことなので仕方ない」と言うのみで、Jさんは暗澹たる気持ちになりました。

一時は追い詰められたJさんですが、2週間ほどで「後見人になれなかったのは仕方ない」と諦め、後見人になった弁護士と訴訟の話を進めることにしました。
ところが、後見人は態度を一変させ、「事業者を相手に訴訟をするのはお母さんのエゴに過ぎない。息子さんがここで生きていくためには、こんな田舎で裁判なんかしない方がいい」と言い出しました。「訴えないのであれば成年後見制度を使った意味がない!」と返しましたが、すべては後の祭り。裁判所が決めたことを元に戻すことはできません。

後見人は、不信感を露わにするJさんの気持ちを少しは察したのか、「息子さんの預金を信託銀行に預ければ、私が後見人を辞めてお母さんが後見人になれる」と言い出しました。Jさんは後見人の言葉を疑ってかかるようになっていたので、信託について調べ上げました。
信託銀行に預けると数十万円の手数料がかかり、その分、息子の財産が減ってむしろ損失になることがわかりました。後見人からその説明はなかったので「また騙されるところだった」と思わざるを得ませんでした。Jさんは、信用できない後見人と対峙するストレスから全身に発疹が出るなど、すっかり体調を崩してしまいました。

しかし、Jさんは「自分が逝ったあと、この後見人に長男を託すことはできない。こうなったら自分が成年後見人になるしかない」と思い立ち、自分を後見人にするよう裁判所に求めました。裁判所は「高齢なので無理です」と言いましたが、「法律上、年齢は制限されていない」と押し返しました。
しかし、確かにJさんの身にも、いつ何があるかわからないので、「自分と、息子と同年代の姪(長男の従妹)の二人を後見人候補者にする」として手続きを取りました。すると、裁判所の書記官から「うちの裁判所では複数後見人は扱っていません」とぞんざいな口調で言われました。「法律で認められていることがこの県でだけできないということはない」と思ったJさんは、裁判所の所長に苦情を出しました。
すると書記官の態度が一変します。まず、言葉遣いが急に丁寧になりました。そして、手続きの支援を積極的にしてくれるようになりました。

1か月後、希望通り、Jさんと姪が長男の後見人になり、弁護士は後見人を辞任しました。しかし結局、福祉事業者を訴えることは諦めたので、「生活は以前と変わらず、後見人がいないとできないことなど何一つない。長男のためになったことが特にあるわけでもなく、何のために成年後見人をつけたのかわからない」とJさんは言います。
Jさんは、障害者の親御さんや家族にこの体験を伝える活動を続けています。「誰にも頼れない。成年後見制度に関する本当の知識を自分が持つしかない」という言葉には説得力がありますが、「成年後見制度を使っていない人にはピンとこないのでしょうね。私の言葉は響いていないように思います」とも話されます。

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