まだ私が新婚のころ、親友が尋ねた。「あなたの生きがいは何?」私は即座に「夫よ」と答えた。21歳になるとすぐに結婚した私は、結婚や人生に対する深い考えもなく日々を過ごしていた。幸福だったのかと問われれば、夫の母との同居生活ということもあり、気疲れする毎日であった。今でいうキャリアウーマンであった親友はなかばあきれながらこういった。「へえ…そりゃあご主人を愛しているのは解るけど、生きがいはそういうものではないと思うの.ご主人という人ではなく、あなた自身の中に自分で見つけるものでしょう。」私は頭をガーンと殴られたくらいの衝撃を受けた。
それから、私は自分の人生を真剣に考え始めたが、第一歩を踏み出す勇気もなく、「自分自身の人生を生きていない」と思いつつ過ごす日が長く続いた。まだその時は「家族の世話をするのが私の生きがい」だったかもしれない。それはそれで、家族からは喜ばれていたが、私の人生にはうつうつたるものがあった。
結婚15年目、私はニュージーランドで暮らしていた。2年間の滞在中に知り合ったニュージーランドの友達の一人ひとりが自分の人生をしっかりと生きていることが、私には驚きでもあり、眩しかった.彼女達と交友する中で、私は夫から精神的自立をし、自分の新たな人生を創っていこうと決め、その第一歩として夫を説得して全日制英語学校へ通学した。かねてからの「学びたい」という思いを実現させてからは、「学び」そのものが私の生きがいとなっていった。帰国後は、児童英語教師をしながら英語の専門学校で学び続けた。そして、結婚20年目にして子どもに恵まれ、楽しみながらの子育てと同時に次の目標に向けて独学を始めた。
その目標とは大学入学であった。幸い、小1になった息子と共に私も大学の初等教育学科へ入学することができた。大学での4年間は「第二の青春時代」であり、主婦・母親・学生と一人三役のため多忙ではあったが、自分らしい生き方ができたと思っている.卒業時、51歳という年齢にもかかわらず母校の副手として勤める機会を与えていただき、今6年になる。毎年、自分の娘のような新入生を迎え、卒業生を送る中で,彼女達との日々が今や自分の人生の一部となっている.また、卒論で「女性の自立」を研究したことが契機となり、卒業後も女性学やジェンダーを仕事のかたわら研究し続けている。この学びも生きがいになっているが、今はそれと同じくらいこれらのことを通して学生達と共に学ぶことが新たな生きがいとなっている。そして…定年まであと3年、私は次の目標に向かって歩み始めている。
■シニアの生きがい“日本は変る?” ■私の「生きがい」は学ぶこと
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