「生きがい」──この言葉の意味を意識したのはいつ頃からだろうか。
10代は恋をしたり遊んだり勉強したりで、まず何も考えずに過ぎた。20代は結婚、出産、育児と無我夢中のうちに過ぎていたように思う。
30代に入り子供の手が離れ、少し心身にゆとりが出来てくると、家の中だけでこのまま年老いて行くことに不安と焦りを覚えるようになる。まさに、この頃から自分の生きがいについて考え始めたように思う。
本を読み、講演を聞き、そして人と語り合う…。自分に何が出来るのか、自分自身生きがいと感じられることは何なのか。何も見えないまにPTA役員を受け、地域のサークルに入り、と家から外に向けて足を運び出す。そして自分なりに理解した「生きがい」とは、何か社会に役に立つことをする。自分が楽しむだけでなく、人の役に立たなければ生きがいとは言えないし生きがいとは感じられない。と、“ねばならない”でがんじがらめのものでした。
生きがいとはこんなに苦しい、窮屈なものかと思いながら。
その頃の写真に写っている私は、心なしか険しく辛そうに見える。
40代に入ったある日、「石原さんと話しているとなんだか元気になる。エネルギーをもらっているようだ。」と言ってくれた友人の言葉で私はまたまた自覚めてしまった。
自分が苦しかったり辛そうな顔をしていたら人を幸せには出来ない。日々前向きに生きる。まず自分が幸せに感ずること。そして、心が喜ぶこと。これらが生きがいに通じているのではないかと思えてきた。
それは人によってさまぎまで、基本的に定義などない。それが結果的に“ねばならない”と同じことになるとしても心のプロセスが違う。苦しみながらするか、楽しみながらするかだと思う。
私は、今、生きがいをこのように考える。そして、楽しく、とても有意義に毎日を送っている。
50代、60代…と心の変化を楽しみにしながら。
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